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| ~名の由来 | ||
|---|---|---|
| ~種 | 特徴 | ~名 |
| 菩薩 | お釈迦様が修行中で、まだ裕福な頃の姿が原形です。 首飾り、イヤリング等の装飾品を身に付けています。 髪型は高く結い上げています。(地蔵菩薩は例外) |
地蔵菩薩(閻魔王)、弥勒菩薩、勢至菩薩、 文殊菩薩、普賢菩薩、虚空蔵菩薩 |
| 如来 | お釈迦様が悟りを開いた後の姿が原形です。 装飾品の無い、衣だけの質素な姿です。(大日如来は例外) 髪型は渦巻き状です。 持ち物は持っていません。(薬師如来は例外) |
大日如来、阿弥陀如来、釈迦如来、薬師如来 |
| 明王 | 人々を救う為、必死になっている姿 (結構怖い形相) 如来の化身。武器を持っている。 手や目、顔の数が多い。多種多様 |
不動明王、愛染明王、金剛夜叉明王 軍茶利明王、大威徳夜叉明王 |
| 天部 | インドの古代~。多種多様 | 弁財天、大黒天、毘沙門天、吉祥天 韋駄天、帝釈天、摩利支天、観喜天 |
| 他 | 上記以外の~ | 閻魔王(地蔵菩薩)、蔵王権現、三宝荒~ |
| 下に出てくる「須弥山」の「小世界」の一つを任されているのが「お釈迦様」です。 お釈迦様は、現在のネパール国境付近のカピラヴァストゥで、国家を形成していた釈迦族の出身だと言われております。 お釈迦様の故郷であるカピラヴァストゥは、今のネパールのタライ地方のティロリコート又はピプラーワー付近を中心とする共和国だったようです。 しかし、当時の二大強国マガタとコーサラの間にはさまれた小国だった為、後に滅ぼされてしまいました。 カピラヴァスツ国の城主、シュッドーダナを父とし、隣国の執政アヌシャーキャの娘、マーヤーを母に持つ、王とよばれる名門に生まれました。 この母親がお産の為、里帰りする途中、ルンビニの花園で休憩した時、誕生しました。 名はゴータマ・シッダッタと付けられましたが、一週間で母のマーヤーは亡くなり、その後、母の妹マハープラジャパティーによって育てられました。 お釈迦様は、産まれた途端、七歩歩き、右手で天を指し、左手で地を指し、「天上天下唯我独尊」と話したと言われています。 その後、十六歳で母方の従妹のヤショーダラーと結婚し、一子、ラーフラを授かります。 一説によると、妃の名前は、他にマノーダラー、ゴーピカー、ムリガジャーなどもあります。 また、それらの妃との間にスナカッタやウパヴァーナと言う子を授かったと言う説もあります。 一子ラーフラを授かった事で、念願の出家を、二十九歳の十二月八日夜半、王宮を抜け出し、果たします。 元々釈迦族が農耕民族であったため、幼少の頃に鳥が田畑の虫を啄む様子を見、この世の無常を感じていたようです。 出家して七年、苦行を積みますが、心身を消耗するのみで人生の苦を解決する事は出来ないと悟り、難行苦行を捨てたと言われています。 その後、ガヤー村のピッパラ樹(後の菩提樹)の下で、四十九日間の観想に入り、十二月八日の未明に大悟します。 これを「成道」と言い、この日に「成道会(臘八会)」を法要勤修しています。 その後、梵天によって衆生を説くよう勧められ、共に苦行をしていた五人の仲間を説こうと彼らの住むバーラーナシーまで行きます。 説法を聞くうち、コンダンニャがすぐに悟りを得、釈迦は喜び、この時初めて如来という言葉を使ったと言われています。 本来、如来とは「ありのままに来る者」「真理のままに歩む者」という意味で、現実のありのままの実相を観じていく事を意味しています。 特筆すべきは、三迦葉と言われる、事火外道のウルヴェーラ・カッサパ、ナディー・カッサパ、ガヤー・カッサパを帰依させた事です。 その後も教えを説き、人々を帰依し、千人以上の信者を有する、大教団となります。 教団の信者が増えるにしたがい、教団の秩序を保つ為、色々な戒律が設けられるようになります。 しかしこの戒律が本で、釈尊の死後「僧侶の財産の所有禁止」という項目を巡り大論争が起き、ついには教団は二分裂してしまいます。 この分裂が俗に言う「根本分裂」で、金銭の布施を認めるかどうかで激しい論争となり「上座部」と「大衆部」で二分裂しました。 その後釈迦入滅一年前まで、お釈迦様がどのように伝道生活を送ったか、定かではありません。 ただ、成道後十四年目、コーサラ国のシュラーヴァスティーの祇園精舎で安居が開かれています。 最後は、鍛冶屋のチュンダのために法を説き、供養を受けますが、激しい腹痛を訴えるようになります。 カクッター河で沐浴し、最後の歩みをクシナーラーに向け、その近くのヒランニャバッティ河のほとりに行きます。 マルラ族のサーラの林に横たわり、ここで入滅しました、時に紀元前三百八十六年二月十五日、これを仏滅と言います。 因みに、六曜で言う仏滅は「仏も滅するような大凶日」と言う意味です。 お釈迦様が入滅した日と解釈されることが多いようですが、本来は無関係なようです。 お釈迦様が亡くなった後、最初の1000年間は教えや修行が正しく伝わって残っている時代で正法(しょうぼう)と言います。 次の1000年間は教えや修行が形(像)だけ残って本質が乱れる時代で像法(ぞうぼう)と言います。 次の1000年間は教えだけが残っている時代で末法(まっぽう)と言います。 お釈迦様が亡くなったのが紀元前383年だと言われています。 計算では、今は「末法」の時代です。 お釈迦様が亡くなった日から数えて「56億7000万年後」に「弥勒菩薩」がこの世を救いに来ると、言われています。 五百羅漢とは、初めての経典編集に集まった弟子達の事です。 特に優れた代表的な十六人の弟子を「十六羅漢」と言います。 |
| 十六羅漢(阿羅漢) | ||
|---|---|---|
| 名前 | 読み方 | |
| 1 | 跋羅駄闍尊者 | ばらたしゃそんじゃ |
| 2 | 迦諾迦伐蹉尊者 | かたかばしゃそんじゃ |
| 3 | 諾迦跋釐駄尊者 | だろばりだじゃそんじゃ |
| 4 | 蘇頻陀尊者 | すひんだそんじゃ |
| 5 | 諾矩羅尊者 | たこらそんじゃ |
| 6 | 跋陀羅尊者 | ばったらそんじゃ |
| 7 | 迦哩尊者 | かりそんじゃ |
| 8 | 弗多羅尊者 | ふったらそんじゃ |
| 9 | 戎博迦尊者 | しゅはかそんじゃ |
| 10 | 半諾迦尊者 | はんだかそんじゃ |
| 11 | 羅喉羅尊者 | らごらそんじゃ(釈迦の実子) |
| 12 | 那伽犀那尊者 | なかさいなそんじゃ |
| 13 | 因掲陀尊者 | いんかだそんじゃ |
| 14 | 伐那婆斯尊者 | ばなばしそんじゃ |
| 15 | 阿氏多尊者 | あしたそんじゃ |
| 16 | 注茶半託迦尊者 | ちゅだはんたかそんじゃ |
| 僧侶の呼名 | |
|---|---|
| 名種 | 意味 |
| 住職 | 住持職の略。住み込み専従の僧侶の事 |
| 和尚 | 先生、又は、師匠の事。人々に教えを説く僧 |
| 聖人(上人) | 徳と学問を備えた人。親鸞聖人が有名 |
| 大師 | 国から高僧に与えられた称号。偉大なる師の事。伝教大師(最澄)、弘法大師(空海) |
| 国師 | 国の師。国から与えられた称号。禅宗に多い |
| 入道 | 天皇、又は、武士が仏門に入った時に使う呼名。 |
| 三蔵 | 経・律・論に優れた人の呼名。西遊記の玄奘三蔵法師が有名ですが「三蔵」は名前ではありません |
| 菩薩 | 仏道を修行する人の呼名。 |
| 阿闍梨 | 僧侶の修行の師。高僧。密教で使われる |
| 老師 | 指導する立場の僧。禅宗で使われる |
| 比丘 | 男の僧侶 |
| 比丘尼 | 女の僧侶 |
| 行者 | 一般人が修行をしている時の呼名。修験道の開祖、役小角(役行者)が有名 |
| お寺の種類 | |
|---|---|
| 寺種 | 役割 |
| 勅願寺(官寺) | 天皇家が中心となって建てた寺 |
| 公寺 | 政府の許可で一般市民が建てた寺 |
| 菩提寺 | 先祖供養を中心にした寺 |
| 祈願寺 | 様々な利益を中心にした寺 |
| 学問寺 | 学問、知識に関する寺 |
| 私寺 | 豪族、貴族等、個人が建てた寺 |
| ここで、地蔵菩薩について少しだけお話します。 仏教の世界では閻魔王と地蔵菩薩は同体だと考えられています。 地蔵とは、「大地があらゆる命を育む力を蔵するように、苦悩する人々を無限の大慈悲の心でつつみ救う」と言うことから名付けられたそうです。 「遠い昔、インドに大変慈悲深い二人の王が居て、一人は自らが~となり人々を救おうと考え、一切智威如来と言う~になり、 もう一人の王は~になる力を持ちながら、あえて~には成らず、さ迷い苦悩する全ての魂を救おうと考え、 自らの意志で人の身のまま地獄に落ち、冥府の管理人(地蔵菩薩)になった」と、言われています。 親より先に死ぬのは、大変罪深い事だと言われています。 この大罪を犯した人は、地獄へも極楽へも行けず、「賽の河原」で石を積んで親の居ない寂しさを紛らわします。 でも、情け容赦の無い鬼は、折角積んだ石塔を崩し、子供達を追い回し、虐めます。 そんな子供達に「私がお前たちの母であり父だよ。いつもお前たちの側に居るよ」と、優しく語りかけてくれるのが「地蔵菩薩」です。 この話でも分かるように、冥府の管理者「地蔵菩薩」= 閻魔王となります。 |
| 須弥山(しゃみせん) | |
|---|---|
| 直径 | 約太陽系ぐらい |
| 高さ | 約132万q |
| 小世界 | 直径(約太陽系ぐらい) 高さ(約132万q) |
| 小千世界 | 小世界が1,000個 |
| 中千世界 | 小千世界が1,000個 |
| 大千世界 | 中千世界が1,000個 |
| 中心仏 | 大毘廬舎那如来(大仏様) |
| 警護 | 東方 持国天 ・ 西方 広目天 ・ 南方 増長天 ・ 北方 多聞天 |
| 「葬頭河」とは、「三途の川」の正式名称です。 元々この川を渡るのには、橋で渡っていましたが、室町時代からは「舟」に変わりました。 渡し賃は、昔から「六文」です。 善人は橋(舟)を渡り、小悪党は川の浅瀬を渡り、大悪党は川の深瀬を渡ります。 橋と浅瀬と深瀬の、三つの道(途)が有るので、三途と言います。 「この世」と「あの世」の間に「中陰」と言う世界が在ります。 この中陰を抜けるのに四十九日かかります。 この四十九日の間に「極楽行き」か「地獄行き」かの裁判が行われます。 この裁判は七日毎に開かれます。 「初七日」は最初の七日で、「五七日(35日)」は閻魔王が自らが裁く日で、「七七日(49日)」は判決の日にあたります。 この「初七日」、「五七日」、「七七日」は、大事な日と言われています。 又、この裁判と平行して、一人前の仏に成る為の勉強会が開催されます。 この時の先生が仏様で、七日毎に入れ替わり必要事項を教えに来てくれます。 例え裁判が無事に終わって、極楽行きが決まっても、勉強はまだまだ続きます。 仏の世界で「一人前」になるには、三十三年間掛かります。 「初七日」から「三十三回忌」までの先生を「十三仏」と言います。 |
| 葬頭河(三途の川) | |||
|---|---|---|---|
| 川の状態 | 善人途 | 小悪人途 | 悪人途 |
| 渡り方 | 金銀七宝橋、又は、舟 | 山水瀬(浅瀬) | 江深淵(深瀬) |
| 水深 | 膝下 | かなり深い | |
| 障害物 | 上流から岩石 | ||
| 波高 | 山のように高い | ||
| 流れ | 速い | ||
| 敵 | 大蛇 | ||
| 渡船代金 | 六文(六道銭)(舟の場合) | ||
| 死後の世界 行先裁判 | ||
|---|---|---|
| 忌日 | 十王名 | 本地仏 |
| 初七日 | 泰広王 | 不動明王 |
| 二七日 | 初江王 | 釈迦如来 |
| 三七日 | 宋帝王 | 文殊菩薩 |
| 四七日 | 五官王 | 普賢菩薩 |
| 五七日(35日) | 閻魔王 | 地蔵菩薩 |
| 六七日 | 変成王 | 弥勒菩薩 |
| 七七日(49日) | 泰山王 | 薬師如来 |
| 百か日 | 平等王 | 観世音菩薩 |
| 一周忌 | 都市王 | 勢至菩薩 |
| 三回忌 | 五道転輪王 | 阿弥陀如来 |
| 七回忌 | 阿閃如来 | |
| 十三回忌 | 大日如来 | |
| 三十三回忌 | 虚空蔵菩薩 | |
| 人の命 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 世界 | 勉強日数 | 先生の名前 | 裁判長 | ||
| この世 | 一生涯ず〜と | 自分以外の全ての人 | 他人様 | 沢山居ます | 他人様 |
| 中陰 | 初七日 | 不動明王 | 十三仏 | 泰広王 | 十王 |
| 二七日(ふたなのか) | 釈迦如来 | 初江王 | |||
| 三七日(みなのか) | 文殊菩薩 | 宋帝王 | |||
| 四七日(ししちにち) | 普賢菩薩 | 五官王 | |||
| 五七日(ごしちにち 35日) | 地蔵菩薩 | 閻魔王 | |||
| 六七日(ろくしちにち) | 弥勒菩薩 | 変成王 | |||
| 七七日(しちしちにち 49日) | 薬師如来 | 泰山王 | |||
| あの世 | 百ケ日 | 観世音菩薩 | 平等王 | ||
| 一周忌 | 勢至菩薩 | 都市王 | |||
| 三回忌 | 阿弥陀如来 | 五道転輪王 | |||
| 七回忌 | 阿閃如来 | ||||
| 十三回忌 | 大日如来 | ||||
| 三十三回忌 | 虚空蔵菩薩 | ||||
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