呪術者の話


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子供の頃から色々な物が見えました。
~社仏閣に行くと、必ずと言って良いほど、怪現象が起こります。
私の事を、「気味悪い」とか「変な奴」だと思わない方は、どうぞ店内をゆっくり御覧下さい。
 
出生地 三重県伊勢市で生まれました。
 
幼少 自分の家に車が無かった為、親戚によく遊びに連れて行って貰いました。
交差点に差しかかると、必ず「血だらけ」の人達が立っていました。
子供心に「病院行かんでええんかなぁ?」と思っていました。
大きい交差点には二〜三十人の人達が何時も立っていました。
 
小学生 小学一年生の頃、その事を友人に話したところ大笑いされました。
しかし、この頃に、血だらけの人と目を合わせると、後を憑いてくるのを知り、下を向く事が多くなりました。
小学二年生の頃から、行動半径が広がり、神宮によく遊びに行っていました。
その頃筋向いの家のお父さんがタクシーの運転手で、夜勤明けで昼前に帰って来る事がありました。
その家は、父母と長女と双子の姉妹の五人家族でした。
ある日曜日、その家の父親が夜勤明けで帰って来た時、皆で玄関に出てお出迎えをした時の事です。
父親の後ろに、重なるように血だらけの人が立っていたのです。
あまりの怖さに立ちすくんでしまいましたが、私の姿を見ると、何処へとも無く去って行きました。
小学三年生の頃になると、血だらけの人達はあまり見なくなっていました。
その代わり、よく会ったのは「着物を着た大人と子供」でした。
山に、カブトムシや栗を拾いに行くと、必ず、遠くから見ていました。
子供の方は、いつの間にか話をするようになっていました。
ある日、私が一人になった時、着物を着た大人が声を掛けてきました。
「今から言う事を覚えなさい」と言われ、思わず首を横に振りました。
「嫌なのか?」と聞かれ、「ノートが無いで覚えられやへん」と答えました。
すると、「明日、紙と筆を持ってきなさい」と言われました。
翌日、ノートと鉛筆を持って行くと、「今から言う事を書き留めなさい」と言われ、必死で書きました。
全部で六ページ位書きました。
しかし、全て平仮名で、尚且つ続けて書いた為、後で読み返しても意味不明でした。
後で母親に「ノートを後ろから使こたらあかんやろ」と叱られました。
覚えているのは、○○72、○○36、○○28、○○64、○○12、△△12、□□12と言う数字の部分と
「たいざんふくん」と、言う言葉だけです。
これらが、御靈符に関する事だと分かったのは二十歳を過ぎた頃でした。
 
中学生 この頃は、血だらけの人も、着物を着た大人と子供も、あまり見えなくなっていました。
唯一見たのは、祖父でした。
私の中学校は、家から四q位離れていましたが、徒歩通学が校則でしたので何時も歩いていました。
勿論、長い道のりですので、友人四人と通学していました。
ある日、自転車に乗って祖父が走って来ました。
友人達と自分と祖父の六人で普通に会話をしました。
自宅に帰り、その事を母に告げると、「何言うとんの、じいさんは寝たきりやんかな」と言われ気が付きました。
この時、祖父は寝たきりで、自分でトイレにも行けなかったのです。間も無く、祖父が亡くなったと連絡がありました。
 
十代 私は中学卒業と同時に就職する事となりました。
バイクの免許を取り、通勤や遊びに使っていました。
この頃に新しい友人が増えました。
毎週日曜の朝にお墓参りに行っていたのですが、そのお墓の近くにある、寺の坊主です。
自分で自分の事を「生臭坊主」と言う面白い坊主でした。
この坊主との話の中で、御靈符の事を知りました。
「人を救うは人にあらず、されど、人を助けるは人知のみ」と言われました。
人を救うのは~様の仕事、しかし、人を助けるのは人の知恵だけだと言う意味です。
御靈符を通じて、~様に救って頂くのはとても良い方法だそうです。
しかし、その御靈符を作るのは、人の手によって作られると言う事です。

ある日、何時もの様に通勤していた時、事故をしました。
本線から斜め右に入る、下り坂の脇道に入った時、乗用車と正面衝突をしました。
この時、ボンネットに手を着いて、内側に逃げたそうです(事故相手の証言です)
車を飛び越え、芝生の上に落下しました。
気絶した私は、タクシーの運転手さんに起こされ、「今から犯人追い駆けるで待っとんな」と言われました。
その後すぐに、会社の同僚が通りがかり、警察と救急車の手配をしてくれました。
この後の話は、現場検証の時、不明な部分があり、入院先の私の所に警察官が来た時の話です。
ボンネットに付いていた「血の手形」が十二p位の大きさで、小学生位の人のものだったそうです。
普通、血の付いた手でボンネットを叩くと、本来の手の大きさより一回り大きくなるそうです。
又、その手形がボンネットにめり込んでいたそうで、もの凄い力で叩いたようだとも言われました。
その手形は、事故直後に搬送先の病院で治療を受けた時、私の体に付いていた「あざ」と同じものでした。
看護婦さんに「若いのに子供おるの?」と聞かれ、「そんな訳ないやん」と答えると、左の二の腕を指でさしました。
そこには、子供の手形がはっきりと付いていました。
どうやらこの子供が後ろに乗っていて、事故をした時に私を抱きかかえてボンネットを叩いてくれたようです。
その事で私は芝生の上に落下したようです。
警察の話では、ボンネットに手をついて方向を変えなかったら、正面の木々に当たって危なかったそうです。
 
二十代 この頃になると、血だらけの人も着物を着た大人と子供も殆ど見る事はありませんでした。
たまに、血だらけの人が居ても憑いてくる事はありませんでした。
その代わり、不思議な現象が多々起こるようになりました。
八重垣神社に行った時、占いを行なう為に、鏡池(姿見の池)に占い紙(半紙)を浮かべました。
すると、池の水が「綺麗な透明の青色」に変わりました。
それを、隣の老夫婦と、池に来ていた巫女さんに目撃され大騒ぎになりました。
その、青色に変色した池に自分の姿を映すと、いつもの自分の姿ではありませんでした。
 
三十代 二〇〇三年十一月七日に、出雲大社に行ってきました。これで三度目のお参りです。
この行き道に、鳥取にある「天之真名井」に立ち寄りました。
時計は既に深夜二時を回っていました。時間も遅いので、場所の確認だけしようと立ち寄ったのです。
その時、真名井の横にある、お墓の前に車を止め、店長を車に残して一人で見に行きました。
すると一人の着物を着た老人が話し掛けてきました。
「ここは車で来る事、まかりならぬ」と言われたので
「大変申し訳御座いません。私は三重から来た者です。不調法をした事、深くお詫び申し上げます」と
言うと、二回程うなずき、道の方へ歩いて行きました。
私は二〜三歩前に行き、湧水口に手を出した時に振り返ると、老人はお墓の方へ歩いていました。
そして天之真名井の水に触れた時、もう一度振り返ると老人の姿は消えていました。
「近所の人かな?」と思い、「こんな時間に元気な爺さんやなぁ」と気にもしませんでした。
その後、出雲大社、八重垣神社、美保神社と参拝しました。
この時、お参りで八重垣神社に行った時、鏡池に行きました。
先客に、おばさん三人組がいらっしゃいました。
作法通り、半紙を浮かべようとした時、寄るか離れるか、分かり易いように少し遠くに浮かべました。
しかし、遠すぎて半紙の真ん中に手が届かなかったので、やむなくお金を投げました。
見事半紙の真ん中にお金が乗ったのですが、勢いが付いていた為、半紙は奥に流れて行きました。
すると、船外機でも付いている様な速さで、自分の目の前に戻ってきました。
おばさん三人組と店長の四人で大騒ぎになりました。
店長が「私もする」と言って三十p位向こうに半紙を浮かべ、真ん中にお金を置きました。
半紙はゆっくりと寄って来ました。
それを見ていたおばさん三人組が「私らもやろか」と言って半紙を浮かべました。
「まだやってなかったんか」と思っていると、おばさん三人組の浮かべ方が雑だったのか、波紋が広がりました。
店長の半紙は波紋に押され、右に右に流されて行きました。
とうとう私の前も通り過ぎた時、ふと右下を見ると「水位調整口」が見えました。
「あぁ、ここに吸い込まれるなぁ」と思った瞬間、波紋に逆らって店長の前に流れて行きました。
「え?」と思っていると、店長が「うそ?」と声を上げたのです。
その声に、おばさん三人組がこちらを見て、また騒ぎにまりました。
その他諸々色々とありましたが、ようやく帰路につきました。
帰りに、天之真名井に寄って水を頂いて帰りました。
真名井を出たのが午後二〜三時位だったと思います。
京都を抜け、滋賀県に入り、国道一号線を三重県に向かって走っていました。
鈴鹿峠に差し掛かろうとした時、左から老人が路上に出てきました。
急ブレーキをかけましたが、間に合いませんでした。
「ひく!」と思った瞬間、老人がこちらを振り返り「ニコ」っと笑ってくれました。
その瞬間、左のファミリーマートの駐車場から、全開で一号線に割り込むシルビアが目に入りました。
私の車の、前方三m位の距離でした。急ブレーキからシルビアの割り込みまで、ほんの四〜五秒の出来事です。
もし、急ブレーキを掛けていなければ、きっとシルビアと接触していたと思います。
その、笑ってくれた老人の顔が、天之真名井で出会った老人の顔でした。
 
現在 現在、私が住んでいる建物は、四階建てマンションの三階に住んでいます。
ホームページの作業をしている部屋の後ろが、吐き出しの大きな窓になっています。
その吐き出しの向こうがベランダになっています。
そのベランダから百五十m位向こうに何軒かのマンションが建っています。
その中の一棟の屋上に、何時も人が立っています。
朝でも夜中でも、雨でも雪でも、決まった場所に立っています。

最近、又、見え始めました。

護符・梵字・霊符・仏画の靈符の杜
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